鳩待峠~尾瀬ヶ原へ 2014年6月7日
35年前、東京で自活していた時、どうしても尾瀬に行きたくなって一人で一泊の旅に出た。その時は、一日目は大清水の方から三平峠を越え、尾瀬沼の山小屋で一泊し、二日目は尾瀬ヶ原、鳩待峠とへ辿った。
「もう一度尾瀬へ行ってみたい」という思いが強くなって、富山からツアー旅行に参加して行くことにした。 今回は35年前とは逆のコースで尾瀬を辿った。



(鳩待峠~山ノ鼻 へ チシマザクラ) (物資を運ぶ「歩荷」さん) (山ノ鼻~尾瀬ヶ原へ)





(雨雲がかかった至仏山を望む) (水芭蕉)


35年前は運よく好天に恵まれ、澄み渡る空気と平日だったこともあってか(たまに出会う団体客はあったが)、自然に包まれながら、静けさの中を一人でゆっくりと歩くことができた。
木道の傍らに咲く植物を観たり、時々誰もいないことを確かめながら歌を口ずさみ木道を歩いたことを憶えている。
当時、私は尾瀬についてほとんど予備知識がなかった。 知っていたのは江間章子作詞、中田喜直作曲の「夏の思い出」の印象のみだった。 江間さんは尾瀬には行ったことがないけれど、この詞を作ったという。 けれど本当に歌詞のとおりの場所だったのだ…。
春から初夏にかけての景色。 尾瀬沼から尾瀬ヶ原にやって来ると、突然パッと開けたような全く違う景色へと変わる。 その頃はカメラを持っていなかったので、尾瀬ヶ原に来た時は、清らかな川のせせらぎとそこに群生する水芭蕉の花、そしてその向こうに見える至仏山を記憶に留めておこうと時間の許す限り、ただそこに佇み見つめていた。
今回は残念ながら小雨まじりの天気だったので、至仏山も燧ヶ岳の頂も見ることが出来なかったが35年前の記憶を思い出させてくれた。 しかし、本当に人が多かったな…。
見晴十字路(弥四郎小屋)~尾瀬沼~三平峠~大清水へ 6月8日
見晴十字路にある弥四郎小屋に泊まった。久しぶりの山小屋だったので、寝付くまで時間がかかった。
翌早朝、朝靄のかかった至仏山を見ることが出来て、幸せだった…。


(4時27分頃) (4時30分頃)


(4時52分頃)



(4時55分頃 弥四郎小屋)
晴れていれば弥四郎小屋の向こうには燧ヶ岳が見えるはずなのだが、残念…。


(ガイドさんと) (尾瀬沼)


(三平峠)
所どころ新しい木製の階段に直してあったのだが、その勾配の急な坂道の木製階段の一歩の幅が大きくて、私みたいな小柄な人間には、その一歩の上り下りの段差がとても危なくてきつく感じられ、直接、足や膝に負担となった。 雨も時折降っていたので転んでいる人もいて少し危険だった。
20代の頃はそんなにきついとは思わなかったのだが、これは歳のせいだけだろうか…? それとも以前より一段の差が大きくなっているのだろうか? とにかく、何とか大清水まで辿り着いた。
ああ、それからもうひと言…。 山小屋の食事には期待していなかったのだが、35年前と比べて今の方がだいぶ美味しい。 ムースみたいなデザートも付いてくるので驚いた。
尾瀬の植物
沢山あり過ぎて、歩きながらなんとか撮影できたほんの一部の植物の写真と、その時ガイドさんに説明された植物の名前に記憶のあるものだけを記載しました。


(ムラサキヤシオ)



(オオバタチツボスミレ) (チングルマ)



(ヒメシャクナゲ) (ミズバショウとリュウキンカ)